改めて、ご挨拶。

まだ、引っ越しの設定は色々残っています。
メールの署名部分もサイトのURLが古いままでした。
また、ここのサイトから初めて見る方もいらっしゃると思います。
この『土曜日のエンジニア』と言う変なタイトルについての説明も必要と考えました。
そのため、今回は、以前のサイトに記載した、第1回の『土曜日のエンジニア』を再掲載します。

以下、土曜日のエンジニアと言う変なタイトルについての説明です。
今読むと、初回の気負いと言うか、少し気障な文章が気になりますが、およそ1年前はこんな考えでこのコラムを始めたのが分かります。

初めまして(始めました)。
会社員時代、20年以上工場長として勤務していました。
20年の平均値で年間休日10日程度でしたが、身体は平気でした。
また、ほぼ全ての初日の出を工場の2階の窓から見ました。田舎でしたから綺麗な風景です。
工場は40名程度の小規模工場です。管理者でしたから当然管理業務主体です。
工場ができた最初の頃は、生産業務が主体でしたが、人が増えるに連れて生産現場から遠くなります。事務所にいる時間が増えるのです。
会社は土日休みです。しかし、私は出勤して休日は一人で作業をしていました。普段は、電話や来客の応対に追われていますが、休日はそうではありません。
誰もいない工場で工作機械とロボットだけが動いています。照明を消すと、制御装置のランプやパトライトの光だけが目立ちます。事務所の中にいても工場内は見えるのですが、音はほとんど聞こえません。
この時、普段の喧噪から解放されて、ゆっくり考える時間を得ることができます。アイディアを捻って図を描いたり、思いついたことをメモしたり。また、手帳に記したアイディアを整理することもありました。
「技術屋」とは何か?「技術」とは何か?そんなことを考えるのも土曜日一人で工場にいるときでした。

科学技術と一言で言いますが、科学と技術は本来異なるものです。科学者(サイエンティスト)は、「神の摂理(自然の法則・宇宙の法則)」を発見しようと研究します。技術屋(エンジニア)は、それを使って具現化します、人や社会に役立つように。

平日の私は、考えることもなく、条件反射で行動していました。業務上で何か判断することがあってもふだん行っていることは頭を使いません。脊髄だけで答えが出るのです。しかし、それはエンジニアの仕事ではありません。
「神の摂理」と人社会の境界を繋ぐのがエンジニアの仕事です。言うなればインターフェースです。インターフェースですから、両方に足を掛けて立っていなければなりません。常にバランスを取る必要があります。

当時の私は、休日に一人で会社にいるときだけそれが可能でした。
そんな変な思い出を頭に、エンジニアの独立を支援するサイトのコラムを考えました。毎回こんな変な話をするつもりはありません。エンジニアは、実用本位です。毎週土曜日にお目にかかりましょう。