前回の「PDCA」に関して、コメントを頂きました。

「PDCAは普段から非常によく使います。というより当たり前に使っているので特別なフレームワークやツールという意識がないくらいです。ただ、余りに他人にも理解して貰いやすいので、悪使いされる例が散見される事が気になっていました。」

 

まさにその通りです。どこでも誰でも「PDCA」ですから、
「〇〇さん、この改善でいいんだけど、必ず・・・・」
「分ってます、PDCAを回すんですね!」

こんな感じになります。
「要するにPDCAを廻しておけば良い」
こうなってくとPDCAの弊害も出てくると思います。

フレームワークの良いところは、思考の枠組みを決めてその枠組みの中で早く解答を出せるところにあります。
白紙の紙に綺麗な絵を描くのは難しいですが、プロが鉛筆で線を描いたものに色を入れるだけなら誰でもできます。要するに塗り絵です。

フレームワークとは、そう言ったものです。悪く言えば普通の人、凡人のためのツールです天才的な人には無用でしょう。
良く言えば、フレームワークの使い方次第で普通の人が天才的なアイディアを出すことができます。まさにそのためのツールです。

PDCAについて話せば、誰でも計画して実行して途中でチェックして、その後問題があれば修正してまた行うと言うことは行っているはずです。でも、下手をすると1回~2回ぐらいで止めてしまいます。朝から晩までPDCAと言っていると、その考え方に頭が染まって、自分がしていることを全てそのサイクルで廻したくなります。

初めはどんなつまらないアイディアだったり、プロジェクトだったりしても試しと修正を繰り返しているとだんだん良くなります。修正の中に素晴しいアイディアが入り込んだりします。それがまさにPDCAの良いところです。フレームワークの真骨頂と言って良いでしょう。

ただし、改良・改善の積み重ねには弊害もあります。
破壊的なイノベーションが発生したときに太刀打ちできません。ほぼ間違いなく負けて、会社そのものが無くなってしまうことがあります。

銀塩フィルムの世界的メーカーだったコダックは「デジカメ」に完敗しました。
CDとMDに拘り過ぎたソニーは、AppleのiPodに破れました。
携帯電話のノキアはスマートフォンに破れました。

さらに今後起きるかもしれない破壊的なイノベーションには

電気自動車の出現でトヨタが負ける
画期的なウェラブルデバイスの出現でスマートフォンが不要になる
AIの出現で〇○が不要になる

こんなことも言われています。

これが、クリステンセン教授の唱える「破壊的なイノベーション」です。

以下は、私の考えですが優秀な製品を世に出して評価され利益を得ている企業は、とうぜんながらその製品をもっと良くしてライバルに差を付けようと努力します。このページをご覧になっているエンジニアの皆さんはまさにそこを業務にされているでしょう。ですから、毎日PDCAを繰り返すことが目的になってしまいます。

サイクルですから頭の中はPDCAで回っています。回転体から抜け出すのは用意ではありません。

電気自動車のバッテリーを少しずつ改良して、走行距離を伸ばすのはまさにPDCAサイクルです。
しかし、もし走行中に給電できるシステムが開発されて実用化できてしまえば1回の充電で走れる走行距離などどうでも良いのです。あるいは、水素、金属電池など他の技術で画期的な製品が出てくるかもしれません。

PDCAと言うフレームワークは、今あるモノを少しずつ改良してより完成度の高い製品にしたり、消費者に受け入れられる製品に改良するときには便利です。しかし、関連性を飛び越えて、全く別の発想から製品を生み出すことには向かないフレームワークです。

と言うよりも、ほとんどのフレームワークは形にはめてアイディアを出しやすくするためのツールです。ですから、突拍子もない発想には元々向かない部分があるのです。そのなかでも特にPDCAはスパイラルアップが基本ですから、その限界を知ることも大切です。